任国外旅行〜フィジー編〜
ご無沙汰してしまいました。
9月上旬は任国外旅行でフィジーに行ってきましたー!
もう10月になってしまったと思うと、不思議な気分です。。。ていうか、もう帰ってから1ヶ月経ったやん。びっくり。
11日間いろいろ楽しかったなあ、、、
というわけで、今回は日付ごと振り返りしていきたいと思います。
長いので読みたい方がいたら、どうぞ。笑
9/3 トンガタプ発 →ナンディ着→スバ
フィジーエアウェイズの飛行機って可愛いよね。
飛行機でとなりになったおばさんがよく喋ること。笑
まさかの同じ日にスバに行って帰りも一緒となって話が盛り上がり、スバに行くまで何回も助けてもらいました。スバ最終日に偶然ショッピングセンターの中で会うという(笑)でも帰り一緒だったはずだけど、会えなかったなー
本当はスバからナンディというコースにしたかったのですが、残念ながらトンガタプからスバ(ナウソリ)までの飛行機がオールキャンセルということで、ナンディからの出発でした。
なぜか着いたその日にスバに行かなきゃ!という謎の執念に駆られて(別に予定はなかったのに)
ナンディに着いたのが13時過ぎで慌てて14時過ぎのスバ行きの高速バスに乗り込みました
そのおかげ?せい?でクイーンズロードというフィジーの下の部分を往復しました(笑)
あとから考えると、ナンディかラウトカで一泊して、キングスロードから行けば、ピチレブ島一周できたのになあって後悔……
とりあえず、高速バスというものがあることにも感動したし、スバへ行きたいと伝えたら、バスの乗車券がプリペイドカードだったのもびっくりだったし、なによりも人の多さに驚きました。
高速バスは揺れる揺れる、インド人はほんとに運転が荒い……
混んでいたせいもあって、ナンディまで4時間で行ける予定が5時間くらいかかりましたね。
着いたのは夜の19時過ぎ、、、
治安があまり良くないと脅されまくっていたので、同期がバスターミナルで待っていてくれたので、申し訳なさでいっぱいでした。
同期と無事に合流し、夕食の調達をすることに。
テイクアウトしようと連れて行ってもらったショッピングセンターにはエスカレーターはあるし、フードコートは日本と変わらないようはものがあり、驚くばかり。都会…まじ都会…と語彙力ないことばかり言ってましたね、はい。笑
迷えるほどの数のご飯屋さんがあって、でもせっかくインド人が多く、本格的なカレーが食べられるということで、カレーを食べました〜〜
トンガでは鶏肉やミックスベジタブルをカレー粉で炒めたようなカレーしか出てこないので、
本格的なインドカレーは新鮮!ナンも久々に食べれて嬉しかった。
スバにあるドミトリーに2泊させてもらいました。
大きくて広くて綺麗でお手伝いさんまでいるなんて、、、、とてもゆっくり休めました。
9/4 スバ、ナウソリ観光
同期がお休みを取ってくれて、観光に連れて行ってくれました。
スバは大きなビルが立ち並んでいて、人通りも多く、さすが首都だし、すごい発展してるんだなあと。
町中を一通り紹介してもらい、スバに近い玄関口ナウソリに行きました。
ローカルバスは窓も無く、風通しの良く作られており、すごい気持ちよかったです。
降りたいバス停が近くなると、自分で鈴を鳴らすという、全部が発展しているわけではないところがあるのもいいなあと。
ナウソリはスバよりも落ち着いていて好きでした(笑)
SVさんとJVさんが活動しているという活動先に連れて行ってもらいました。
タイミングが悪く、SVさんしかいらっしゃらなかったのですが、気を遣っていただきお茶をご馳走になりました。
名前忘れちゃったけど、揚げドーナツのようなものと活動先の上司さんからもらったカレーがすごく美味しかったな〜〜
JVさんを待っていたものの、戻られないので歩き出していたら、ちょうどすれ違いだったらしく追っかけて来てくれて会えました。
一緒に歩いていたら、いろんな人に声かけられてて、こういうのがボランティアの良さだよなとしみじみ実感。
マーケットに案内してくれて、広さにびっくり……
エウアなんてこの1列しかないよっていったら、え?嘘だ〜〜って笑われたけど、本当だからね。笑
ココナッツも飲み方が違って、緑の部分をカットしただけで飲んでいて、へーとなった。国によって違うのか、種類が違うのか、未だに謎は解けず。
ナウソリを後にし、同期の住むお宅で夕食をいただきました。
もう一人の同期も来てくれて、手巻き寿司パーティーをして、楽しかったなあ。
正直、訓練中は数えるくらいしか喋ったことなかったと思うけど、こうやってとても良くしてもらって、もし他の国から任国外旅行にトンガに来てくれたら、ちゃんと案内できたらいいなあと思いました。
9/5 スバ→コーラルコースト
スバからコーラルコーストに高速バスにて行きました。
宿泊したところは、リゾート感あるところで欧米人しかいない(笑)
ハンモックに揺られてたら雨が降って来ちゃったりしてちょっと残念でした、、、
でもハッピーアワーでフィジービールが安く飲みながら読書をするという贅沢は時間も過ごせました。
9/6
コーラルコースト→シンガトカ→ナンディ
シンガトカ砂丘に行きたかったのですが、キャリーバッグがあり行けず、シンガトカの街並みを。
適当にジャックス入ったら、日本語ぺらぺらの店員さんに会った(笑)日本人担当みたいな感じらしいけど、日本行ったことないって言ってたけどめっちゃ喋れてたな〜〜すごいなぁ。
サトウキビ鉄道が走る線路があって、久々の線路にちょっと感動(笑)でも今は走ってないらしい。
ぐるぐると一回りして、ナンディに向かいました。
ナンディでは、1年半くらい前に知り合った、1年半ほど前にわたしの島に短期ボランティアできてたコが今はフィジーにいるということで、久しぶりに会いました。
ナンディの人の多さにビクビクした上に、バスを降りるところ間違えるし(笑)振り回しちゃったけども、なんとか会うことができました。
トンガの話をしたり、フィジーの話もいろいろ聞けたりして楽しかった〜。
わたしが泊まったのがワイロアロアビーチといところの近くのアコモデーションでした。
ナンディタウンからワイロアロアビーチに向かう時のバスは、学生や仕事を終えた人々などが乗っていて、バス停はなく、自分の家の前になると鐘を鳴らし止まるところが、トンガのようにどこでもバス停になるというところに似てて、そういう部分もあることを知れて良かったです。
そのバスはこんな感じでビーチの砂浜を突っ切って違う道へいくから、びっくりだったな(笑)
9/7 ナンディ
朝から大雨…話によるとナンディにとって5ヶ月ぶりの雨だったとか!!!
そしたらまさかの部屋が雨漏り…!!!
スタッフさんに言って修理の人が来てもらって直りました。
午後は時間があったので、バスで町まで出ようと思ったら、待っても来ないバス。
タクシーの運転手さんに「今日は祝日だからバスないよー」と言われ、仕方なくタクシーで近くのショッピングセンターのようなところまで。
スーパーは大きくて、物の多さはやはりニュージーランドのスーパーを思い出すような感じで、食事処もたくさんあり、映画館まであり、やはり都会!!!となりました。笑
韓国人がやっているという喫茶店に行き、久々に日本みたいな生クリームが間に入っている重なっているケーキを食べました。笑 トンガでは見かけないんだよなあ〜〜
9/8 ナンディ→マナ島
日本からの友達がフィジーまでやって来てくれました!日本からの直行便が再開してくれたおかげですね!!笑
デナラウアイランドというリゾート地から船で1時間半くらいでした。船は本当に綺麗だし早いのに揺れない。マナ島以外の島にも寄って、小さい島も多く、船着場がなく島から小さい船が来て、島まで人や荷物を運ぶようなところもあって、そういう島もいいなあと。
マナ島はさすが日本の会社が関わっているということもあって、日本人スタッフもいてとても日本人向けで綺麗でとても良かったです。
まさかの!グレードアップしてもらいオーシャンビュー部屋に!!!ラッキーでした!
毎日いろんなイベントもやっていて、ちょうど着いたときにkavaという南太平洋ではよく飲まれている飲み物の儀式体験もありました。
トンガでは、男性のみが飲めるもので、女性はkavaを注ぐ係のみ。まだやったことなかったので、初めて本物と出会えました。
フィジーは観光化が進んでいるせいか、kavaも女性も飲めるものとなっているらしいです。
昼食待ちの間に運良く体験に出会えて、初めてkavaを飲みました。
聞いていた通り、泥水でしたね。味も酸っぱい?苦い?など、まあ美味しくはないですね。笑
一口でうわってなったけど、全部一気に飲み切らなきゃダメってなって、まじかとなったけど、飲み切りました。笑
そのあとはsunsetビーチというところへ
結婚式をやった後だったらしく、花嫁さんと花婿さんが撮影会をしてました。
サンセットはちょっと下の方が曇っていたせいで、しっかりとは見れなかったけどよかったかな。
夜はフィジーの伝統のダンスと歌を見ました。
トンガ人もそうだけど、フィジー人も変わらず歌が上手い!なんでなんだろうな〜〜南太平洋はみんなそうなのかなあ、、、
9/9 マナ島
ダイビングのお店には日本人スタッフさんがいて、話しやすくてよかったです。
せっかくの水中カメラを持ってきたのに、体験ダイビングで早々に壊すという。笑
午後も潜ろうっていう話になり、ボートダイブもしました。
小さいサメが見れたり、フィジーしかいないニモが見れたり、カメもいるらしいけど、運悪く見れず…あと少しだったのに……
陽気なフィジー人スタッフがほんとに面白かった。日本にも行ったことあるって言ってて、日本語も上手!
そういえば、ダイブ終わったあとに紅茶をごちそうになったけど、そのときのフィジー人ダイバーの砂糖の大量のいれ方に笑った。笑 フィジーも変わらんのね。笑
ダイビング終わったあと、オススメされた丘に登って、マナ島を一望できて綺麗でした。
そのあとはプールへ。
貸切状態だったので、20代後半になっても学生の頃と変わらないバカみたいなことばっかして、遊ぶ私たち。笑
9/10 マナ島→デナラウリゾート
午前中にマナ島からデナラウへ移動しました。
行った日から2日間すごく風が強かったのに帰る日はとても穏やかであと1泊したかったねーっと。
デナラウへ着いて、スパへ行きました。
これ上ない贅沢を味わせてもらいました。誕生日プレゼントとしてありがとう〜!!!
そのあと町へ出るかって話にもなったけど、デナラウのお土産さんをぐるぐるしてたら夕方になり、南太平洋初上陸のハードロックカフェでハッピーアワーでビール飲みました。
ハードロックカフェで踊ったの楽しかった〜笑
そのあとホテルに戻り、ちょっと贅沢な夕食を。
一杯やろうって話だったのに、3人とも死んだように寝てしまったw 歳だね(笑)
リゾート行ったけど、日本人気質残ってしまい、ひたすら予定詰め込んでたな。笑
ビーチでのんびりとかできないよね〜〜やっぱりってなった。笑
9/11 デナラウリゾート→ナンディ
友達はもう日本へ帰国。
空港まで送って行きました。
そしたら、マナリゾートアイランドから一緒だった日本人たちがぞろぞろと空港に!
日本の旅行会社の人からピチレブに泊まらず、マナから直接空港に戻るというプランもあるとは聞いていたけど、まさか一緒にマナへ向かった人たちほぼそうだったとは…!!!
3泊5日でみんな戻るって、日本人ってほんと忙しいんだなあっと実感。。
もうその生活戻れる気がしないよ……(苦笑
飛行機まで見送って、チェックインして、お土産買いにナンディタウンへ。
あきらかにアジア人だし観光客とわかるから、歩いてるだけで「tax!」と声かけられ、クラクション鳴らされるわ、だんだんそれに疲れてきた頃……笑
9/12 ナンディ→ラウトカ
ナンディから1時間弱ローカルバスに乗り、ラウトカへ。
工業地帯と商業地区と住宅地区が合わさった面白い街並み。
商業地区も綺麗だし、あまり商売っ気もなく、歩いていても落ち着いててよかったな。
サトウキビ鉄道の線路の上を歩けたのも楽しかったし、偶然貨物列車にも遭遇できてよかったな。
ラウトカが一望できるという丘も登ってみたけど、ちょっと分からず、、、
住宅地はみんな高級住宅が多かったな。
病院もやってみたら5階建で人もたくさん。
看護師たちはまだナースキャップをしててびっくりだったけど。トンガは廃止されてるのになあ。
9/13 ナンディ→トンガ
最終日。
空港の全部審査類が終わったあとのお土産売り場の豊富さにびっくり!!!
いろんなお土産屋さんを回ったけど、あんなに豊富にしっかり揃っているとは思わず、全部ここで買えたやん……となった。笑
フィジー行った人は、空港内でお土産買うのをお勧めします。笑
というわけで、ものすごーーーく長くなってしまいました。笑
日付ごと分けるべきではないと書いていて実感。
とにもかくにも、たくさんの人に助けられてとても楽しかった旅でした。
ダラダラと書いてしまいすみません…
完結に書いたのをfbに載せようかな。笑
毎週更新を目指してるブログですが、最近なかなか上手く行きませんね、というかこれを更新してないがために更新できなかったことでもあるんだけど(笑)
これが更新終わったら、頑張って毎週書いていきたいと思います!笑
あ、あと余談ですが、JICA公式ブログの世界日記もやっています。
お前どんだけ書くねんって感じですが(笑)こちらは月2回更新を目指してます。
そちらも宜しかったらどうぞご覧ください。
では、今回はこの辺で。
.
エウア観光記
エウアに来て約10ヶ月。
やっと!やっと!!!エウアの主な観光スポットを全て回ることができました!
エウアは車で行ける観光スポットが少なく、熱帯雨林の山の中、道無き道を行くところも多く、なかなか道を知ってる人と行かないと道に迷うことが多い観光スポットも多数です(実際わたしも迷った)
なので、なかなか行くタイミングがなく、ここ最近いろいろなイベントがあって、行くことができました。
エウアの観光スポットは主にこんな感じです。
前任者さんが残してくれた、引き継ぎノートの観光スポットマップ。丁寧でわかりやすくて、よく参考にさせてもらってます。
南から説明していきたいと思います。
Lakufa’anga Cliff
エウアの南端にある崖。去年の年末にトンガ人家族に連れて行ってもらいました。
かなりの高台。見渡す限りなにもなく、海しかない。
Li ‘Anga Huo ‘A Maui ( naturalu bridge)
ここも去年の年末。
トンガタプにもありますが、エウアのナチュラルブリッチは、山を400mくらい登っていったところに展望台があり、そこから見下ろします。下にも降りられるとか降りられないとか。
Hauluma beach
6/4、なんかの祝日だったかな、ピースコーに誘われて、それもわたししか日本人がいない完全アウェイな中(笑)行きました。とにかく歩いた。笑 途中乗せてもらったけど、それでもとても長かった。笑 天気が怪しくて、晴れたらもっ綺麗なんだろうな〜〜と!でも、ビーチで昼寝をするという素敵な休日でした。
Ovava tree #2
これも年末連れて行ってもらいました。
オババツリーはほんとに大きいし、そばによると神秘的な感じがして、すごい好きです。
木の中を歩けて、小さな川が見えます。
Smoking cave
これは、王様の誕生日の祝日に、トンガタプやハーパイからピースコーが来たので、一緒に連れて行ってもらいました。
滝があり、それによる霧がすごく、マイナスイオンを感じました。すごい深そうで、覗いて見たけど、暗くて見えない。
Hafu pool
7/21 日本人だけで観光しにいきました(前のブログにも書いた)
川?というのか人工的に作られたとも思える川でした。川の最後がプールみたいになってて、帰り道であったトンガ人が泳いでてびっくり!
Ovava tree #1
Hafu pool を渡り、続く道へ。サイクロンの影響か、もしくは切っているか、道に木がかなり倒れており、その間をくぐり抜けていく、まさしくトレッキングっぽかったです。
前にも書いたかと思いますが、#1は下が洞窟になっており、そこがまた静かでみんなでランチを食べました。
さて、東側の熱帯雨林の山々の中の観光スポットです。
Ana kuma
これも王様の誕生日の祝日に行きました。
元旦に初日の出が見たい!という話になり、そのとき朝から日本人2人で歩いて行ったのですが、迷ってしまったうえに、大雨……断念したところについに!行けました。
とても小さな洞窟を少しおりたところに、また洞窟があり、そこ広がる景色はとても感動しました!
広がる海が綺麗で、感動しました。
Lukupō Look out
そう!ここがほんとは行きたかった、今年の元旦に初日の出を見に行きたかったところなのです!!!
ついに行けました〜〜東側の海を一望できて、満足!
ここでピースコーみんなで持ち寄ったごはんやパンやお菓子などを食べたのもとてもよかったです。
???
南東を見渡せるlookout
ぼーっとしてたら、青い鳥が見えた!蛍光な青であの距離で綺麗に見えたから、近くで見たら大きそうな鳥でした。
次は西側で、人が住む地域です。
Tufuvai beach
先週行ったばかり!とても綺麗なビーチでびっくり!
ピースコーの誕生日パーティーにキャンプファイヤーをしました。木やココナッツの皮の乾燥したものを集めて火を付けるところからで、火を付けるのが本当に大変だったです。
そこで焼いて食べたソーセージや野菜は美味しかったです。
夕焼けも見れて、とても綺麗でした。
また土曜日でもに散歩がてらに行ってみたいな〜〜
'Uhilei beach
これこそ求めていた南国の海!!!という感じの綺麗なビーチです。
サイクロンの1ヶ月後くらいに行ったら車で行ける道がふさがっていて、砂浜から回って行ったら、なんと誰もいないプライベートビーチになってました!!!!楽しかったなー。
最後は北側!
Mata Mahina Hopo Look out。
つい最近、2週間前ほど前に行きました。
北側を一望できてとても綺麗でした
話によると、世界で一番早く日が昇るとか。日付変更線上の関係で、日付的には現在は一番早いわけではないのですが、立地的には一番なんですかね。ちょっとわからないです(笑)
前に短期で来ていた大学生の男の子が、いつかここで世界で一番早い初日の出を見たいと素敵なことを言っていました。素敵。
Fangatave beach
偶然知り合ったオーストラリア人が連れて行ってくれるという話に乗っかり、行ってきました!
ロッククライミング、トレッキングをしながら行くビーチと聞いていたものの、予想以上のロッククライミングでバテバテ(笑)
話によると、ピースコーも行ったことことがなかったルートだったらしく、かなり険しかった。笑
でもコウモリの巣がある大きなcaveも寄れたり、
ビーチは案の定綺麗で、暖かい日だったので久しぶりに海に入ったり。
帰りは少し易しいルートだったものの、さすがに次の日は全身筋肉痛でした(笑)
というわけで、長々と書きましたが、エウアの観光スポットまとめでした。
エウアは何もないと言われますが(いや、ほんとに何もないんだけど)
意外と観光スポットはあるし、海だけでなく、山もたくさんあるのは魅力だなあとまとめながら改めて思いました。
もしわたしがいる間にぜひ、エウアに遊びに来た際には、できる限りご案内します。笑
来週からフィジーへ任国外旅行へ行って来まーす!
またフィジーのことも書きたいと思います。
.
timi mafu と ark peace とか、援助のあり方って?
しばらく、ずっと濃い日々が続いてました。
そして、援助について、考えさせられた日々でもありました。
まずはtimi mafuの話から。
timi mafu はトンガ語であり、日本語にすると心臓のチームというところです。
2年に1回、オーストラリアのボランティア団体がリウマチ熱心疾患の早期発見のための心臓のエコー検査が行われています。
本当は5月下旬に行う予定でしたが、エウアに飛んでいる飛行機がその時飛んでいなかったということから、延期して今月になりました。
先週の土曜日(8/11)から、トンガタプからトンガ人のドクターがやってきました。
その前にリウマチ熱疾患というものの説明を。
発展途上国では、リウマチ熱の発症率が先進国に比べて高く、リウマチ熱の症状のひとつである、心臓の炎症により、心臓弁に永続的な損傷が残り、リウマチ熱心疾患が発症することが問題になっているそうです。
リウマチ熱に自体にかかるのが、5〜15歳の間が多いらしく、それも踏まえた上で小学生が対象にエコー検査が行われているようです。
リウマチ性心疾患を持った子供たちの治療薬、またそのよつな子供たちが再度のリウマチ熱にかかり、心臓の弁の炎症の再発予防のとして、28日に1回、benzathin(抗菌薬 ペニシリン系)の筋肉注射を基本的には21歳まで(21歳以降リウマチ熱にかかることはほぼないそうです)打っているわけです。
その数、エウアだけで約120人!!!
これについても忘れていたりして来ない子供たちもたくさんいるし、いろいろ大変なことが多いわけですが、そこの話はまた置いておいて。
土日は元々、ベンザフィン注射を受けている子たちのドクターの診察。
土曜日は朝9時から夜8時までクリニック、日曜日は夕方4時から夜9時まで。
わたしの役目はひたすらに血圧、脈拍、SPO2 、身長、体重を計る。それに加え、その子が2016年から3年間で、何回注射を受けているか数え、記録する。というのをずっとやっていました。
月曜日、火曜日は、オーストラリアから心エコー検査のボランティア団体がやってきて、GPS(小学校)全6校の全学年の心臓のエコー検査を行いました。
最初は1年生と6年生だけと聞いていたのに、いつのまにか全学年の検査になっていた。。。
学校を周り、ひたすらにオーストラリア人2人とトンガ人1人がエコー検査をしているところの手伝いをしました。
拙いトンガ語でもオーストラリアの人たちよりは話せるから、子供たちを検査しやすいようにリラックスさせたりする手伝いを。
心臓血管外科、循環器で働いていたときもあったけど、心エコーだけはどうしても分からなかった…あんまりちゃんと勉強もしなかったからいけないんだけど……
こんな感じで一気にエコーを回していき、問題がある子や元々ベンザフィン注射をしている子などは重点的にみていました。
それと並行して、耳の聴力検査を行っていました。
来週トンガタプに補聴器を提供する団体が来るらしく、そこに行くべき子供たちを見つけ出すためです。
聴力検査といっても、とても簡易的なもので片耳を塞いでもらい、生徒の後ろに座って、1mほど離れたところから
「ジージー、シーシー、パーパー」
というのを言い、生徒に聴こえていたら答えてもらうというもの。
なかなか静かな環境にもならず、ちゃんと聴こえているか、聴こえていないのかも定かではなく、ほんとにこんなのでいいのかとも思ったりもしたのですが、、、仕方がないことなのでしょう……
学校のエコー検査が終わると、夕方からはまたクリニックに戻り、2年前に行われたエコー検査のボーダーラインだった子供たちが来てエコー検査をしたり、学校で異常の診断を受けた子供たちが再度診察のやって来たり、元々ベンザフィンを打っている子たちのエコー検査であったりと…これも夜遅くまで行われました。
4日間、なんだか息つく暇もなくひたすらに働いていた気がします。日本でだったら全然平気で働けちゃうようなレベルのことが、こちらにきてゆっくりとしたペースに慣れてしまっていたこと、言葉の伝わらなさなどから疲労感はとても強かったです、、、
そして、今週の金曜日。昨日の話ですね。
中国の医療支援団体(ark peace)がやってきました。
運良く、お出迎えからすることができました。
中国に対して、反中感情が強いトンガ人たち。一体どんな対応をするのだろうと思ったら、
そこは見栄を張る気質のトンガ人ががっつり出ていて、なんだかなーと個人的にはモヤモヤとした一日でした。
それはさておき、空港では王族の貴賓席などに使われる椅子が並べられていて、びっくり!
そして中国の団体は自家用ヘリコプターでやってきて、さすが中国となったわけで。笑
挨拶の終わりには、カフォワと呼ばれる手製の首飾りを一人一人にかけていく。
ふつうに中国人から中国語で話しかけられるわたし。
ごめんなさい、わたし日本人です。という感じでした(笑)
病院にはテントが張られ、机が出され、
内科、呼吸器内科、整形外科、心臓血管科、皮膚科、耳鼻科があり、中国人の医師とトンガ人スタッフが席に座り、一人一人診察していくという形でした。
薬局もありとても大量の薬剤支援もしていました。
中国語わからないの?日本語と一緒じゃないの?といろんなスタッフから聞かれる、聞かれる(笑)
書いてある文字は似ているけど、喋れないし、わからないよ。と何回言ったことか(笑)
中国語と日本語って全然違うんだけどな〜〜知らなかったらわからないものか……
わたしはとくに役割もなかったので、準備の手伝いをしたけど、それ以降やることもなかったため、クリニックに戻ることに。
再度行った時に休憩時間中だったので、中国人の人と少しお話しができ、
トンガには1週間程度の滞在だそうで、船で来たからか、1週間くらいかかったとか??
日本人はこの病院には一人だけ?とかやはり同じアジア圏だからか興味を持たれました。笑
17時過ぎにまたヘリコプターでトンガタプに戻って行きました。
長々と書いてしまいましたが、援助にもいろいろな形があるなーと感じた1週間でした。
オーストラリアのエコー検査のようにトンガ人とエコーチームがタッグを組むと言ったら言い過ぎですが、協力し合って行なっている支援もあれば、
中国の支援のように、物資も人材も、どさーっとものすごい波のようにきて、一瞬で波のように去っていくかのような支援もあり、
私たちのように地道な草の根のような支援もある。
どれがいちばんいいとは言えないけど、いろいろと考えさせられます。
あまり考えても仕方がないことだし、私は私にできることを少しずつやっていくのみしかないですね。
気づいたら、あと1年と1ヶ月。
焦らず、自分のペースでやって行こうと思います。
.
8月のはじまり、
もう8月がはじまりましたね!7月下旬から約10日間はエウアに来てから、いやトンガに来てから初めてかもそれないくらい、毎日忙しなく動いていた気がします。
というわけで、振り返っていきたいと思います!
7/21
トンガのこの時期においての観光名物である、ホエールウオッチングに行ってきました!
本当に見ることができるんだろうかと半信半疑なところもありましたが、
本当にクジラがいた…!!!!
感動!!!!しかなかったです。
1発目の合図で、行ってきなさい!!!となり潜ってとりあえず、周りを見るも全然クジラの姿が見えず、あれーどこーと思って、下を見たら、
クジラが2頭、自分の下を通っていった姿は、あまりの神秘的な光景に、言葉を失ってしまうレベルで。
クジラは繊細な動物なので、ダイビングではなくシュノーケルのみ。
船から降りるときにジャンプなどをしてうるさくしてしまうだけで、とてつもない速さで逃げてしまうくらい。
他にも3〜4頭が戯れる姿やジャンプをする姿を見れて、とても素敵な時間でした。
7/22
短期ボランティアの子がもうすぐエウアを発ってしまうので、
日本人だけで観光に行きました!
Hahu pool とOvava tree#1に行ってきました。
Ovava tree #1に行くまでの道のりが、木の間を通ったら、すごいトレッキングしてる感が出て、とても楽しかったです(笑)
町から2時間弱でつけるのでちょっとし行きやすい観光スポットだなーと!
ovava treeとは800年前からあるというジャイアントツリーです。
#1は、下まで降りられ、洞窟のようになっており、とても神聖な場所に感じられました。
7/25
農業祭@エウア
1週間くらい前に急遽jicaとピースコーでブースを出そうという話にもなり、その準備でバタついてみたり。
前夜祭もあるとは聞いていたけど、足がないからどうしようかなーと思っていたけど、調整員さんが来ていたので、連れて行ってもらえました。本当にお祭りのように屋台が立ち並び、焼き鳥やアイスクリーム、わたあめなどなどたくさんのものが売られていて、賑やかでした!
当日はNCDクリニックでスクリーニングのブースを出しました。
カウンターパートが中心に準備をしてくたところまではよかったのですが、まさかの準備がほぼ終わった後、着替えに戻ると行った後、体調を崩し、来れなくなるという事態に(笑)
というわけで、急遽保健師さんと助産師さんに手伝ってもらったはいいものの、
わたしも勝手がわからず、スクリーニングに来た人は数人程度。もっとアナウンスすべきだったという反省……
ブースが貴賓席の隣であり、また、同じ島の隊員と浴衣を着ようとなったため、浴衣を着ていたから日本人とわかったのか、王様からもお声をかけていただき嬉しかったです。
それにしても農業祭は、王様たちの視察が終わってからの店じまいの速さがとても早くびっくりしてしまいました(笑)
目的は売ることではなく、王様たちに見てもらうことなんだということが見栄を張る文化があるトンガらしいなとも思ったけども(笑)
7/28
農業祭@トンガタプ
ちょうどトンガタプに上がることになっていたため、短期ボランティアで来ている大学生たちがjicaブースで巻き寿司を提供すると聞いたのでお手伝いすることにしました!
前日の夕方から大学生たちは準備していて、夜の巻き寿司を巻くあたりから手伝いました(笑)
合計約70本を夜中までみんなで巻き続けました!でも久々の文化祭的な気分で楽しかったです。
農業祭当日は、予想はしていたもののエウアの規模をはるかに超える農業祭でびっくりしました!
テントの数から置かれてるイモや野菜、食べ物、伝統工芸品の種類の豊富さまで…格段に違っていました…
大学生が中心にブースを作ってくれるとともにjicaのナショナルスタッフさんたちがトンガの風習も交えながらのブース作りは興味深かったです。
!
寿司を使って可愛く飾ってくれました!
王様と王妃もブースに立ち寄ってくださり、お声をかけてもらえて嬉しかったです。
7月は落ち込むことや体調を崩したり大変だったこともいろいろあったけど、たくさん行事や観光ができて、楽しいこともたくさんあったので、よかったです。
8月は活動が忙しそうですが、トンガなのでいつ予定が変わるかはわからないので、気持ちを大きくもって過ごしていきたいと思います(笑)
ではまた!
.
スクールプログラム始まりました!
つ、ついに!!!念願のスクールプログラムが始まりました。
ほんとこれが始まるまでにいろいろありました…(2つ前と4つ前のブログ参照)
他にもいろいろあって予定より1カ月半遅れで始まりました。
焦る気持ちもあったけど、トンガにはトンガのペースがあると言い聞かせて、
なんとか今日は小学校2校回れました。
最初はポスターとかでやろうかなと思っていたんですが
カウンターパートがプロジェクターがあるんだからプロジェクターでやった方が興味が引けるのでは。という考え、
食べ物のクイズとエクササイズをやりました。
食べ物クイズは2択で、1〜6年生みんな同じ問題なので、絶対みんな全部わかるものを基準に選んびました。
最初に行った学校では、びっくりなことがありました。
オタイカと呼ばれる魚の刺身のココナッツミルク漬けと呼ばれる伝統料理と揚げた魚どっちが体にいい?
という問題で、
まさかの!!
揚げた魚の方が体にいいという方に手を挙げた子供たちがたくさん!
えーまじか!
これにはわたしも含め、大人たちもびっくり(笑)
もしかしたら、家であまりオタイカって出ないのかなあ、、とか考えてみたり…
ちょっとわからないけども……
魚は体にいいと思ってはいる。(体にいいって言った子供もいた)
すぐにカウンターパートもなんで揚げた魚の方が体に悪いことを説明してくれたり、最後に校長先生もまとめで言ってくれたり、
少しずつでも子供たちが健康について知って、どっちがいいか考えながら生活してくれるときっかけになればいいなあ、、、
エクササイズはエビカニクスという子供向けエクササイズをやりました。
日本のもので、英語版、フランス語版、中国語版まで作られてるものです!
簡単だし、3パターンくらいしか動きがないからみんな楽しそうに、歌い踊ってくれました!
動画だと、興味も引けるし、わたしもすごく楽しかった!
自分の反省点としては、
プロジェクターの音がまた出なくなっていて(前日に設定したのに)ちょっと時間を取ってしまったこと。でもなんとか出て、ほんとによかった。
そして、トンガ語がほんとにまだまだまだまだ、まだがいくつ付けばいいのかと痛感。
拙いトンガ語をたくさんカバーしてくれた(カバーどころじゃなくて、中心で喋っていた気さえしたが)カウンターパートには感謝。
カウンターパートは目立つのが大好きな人で(笑)率先して声かけやエクササイズもやってくれて、エビカニクスも好きになってくれたし終わった後も帰りながら口ずさんでくれたりして、いろいろあるけど、そういうところがあるから憎めないなあと思ってしまう。笑
↑はじめの入りをやってくれたカウンターパート
とりあえず、始められたことが一番の今回の収穫!
トンガ語はもう少し直してもらって、また次に生かして行きたいと思います。
もう少ししたらミドルスクールやハイスクール用も作る予定で、悩み中…
英語使っていいよとは言われてるけど、どんなのがいいのか...
とりあえず、小学校をまず回って行きたいと思います。
では、今回はこの辺で。
.
あれから、1年。
訓練生活が始まり、1年が経ちました。
あの「非」日常だと思っていた時間が、
気づいたら日常になりました。
訓練生活は本当に久々の青春だったし、あの70日間があるから今があるとも思ってるし、もうやりたいとは思えないけど(笑) 今でも大切な時間です。
この1年を振り返ると、とにかく、
「言語のすごさ」
を毎日、まいにち、ものすごく考え、痛いほど感じながら生活してました。
わたしは本当に英語が話せませんでした。
いや今も大して喋れないけど(笑)それでも、まだ何をどうやって伝えればいいのかは、わかるようにはなった。
高校生までは英語はひたすらリーディング、ライティング、リスニングとやってきた。大学でも医療英語を掻い摘んだけど、それっきりほぼ触れずに過ごしてきた毎日。
ほぼ英語なんて忘れたし、というか、英会話と学校英語って全く違う!っていうのを痛感しました、本当に。
文法はわかるんだよ、だって6年間、高校受験、大学受験のために死ぬほど詰め込んだから。
でも会話ってまた違くて、
例えば、レストランでビールありますか?
って英語で聞くとしたら、1年前のわたしは
Is there beer?
って聞くと思う。
「ある」=there
じゃない…?レベルでした。
こういうときは
Do you have beer?
でいいんだよって知り、
え!だって、そのウエイターさんビール持ってないやん!なんで、あなたがビール持ってますか?になるの??
ってまあ、今でも疑問ですけど、それで通じるってわかったし、それで実際通じてるから、オッケーなわけです←
youも「あなた」という意味が日本では前面に出過ぎてるせいで、「あなたたち」という意味にもなることがまだ未だに慣れません。
訓練中はもう少し伸びる予定だった英語ですが(笑)なかなか伸びず、それでも外国人も話す経験すらほぼ皆無だったわたしにとって、
「外国人と英語で話す」
という壁を乗り越えさせてくれたと時間だったと思います。
訓練が終わってからも、これじゃまずい!と思い、いろんな参考書を漁りました。笑
日本で普通に生活していたらきっとわからなかったであろう、
「自分の伝えたいことを伝えるために必要な英語力」
を訓練のおかげで知ることができました。だから参考書選びも変わってきたわけで。
そして赴任した今も英語は独学ながらもちまちまと勉強を続けています。1年3ヶ月でもう少し伸ばしたい。
今は現地語である、トンガ語を主に使って過ごしています。
活動先の人は英語もそこそこ話せるので、英語でも話してくれるけど、主にトンガ語。
同僚はとくにトンガ語話してたと思ったら、会話の最中に急に英語で話し出すから、
頭がトンガ語なのに、急に英語になって、パニクることもしばしば。笑
トンガ語も難しい。なかなかうまく繋げて話せなくて、単語を3.4語繋げて話すのが限度でもどかしい。
それでも今日の朝、同じクリニックで働く保健師さんが朝のお祈りに来なくて、最後にいつもドクターから申し送り的なのがあるんですが、終わった後クリニックに戻ったら、その人がいて、
「今日何話してた?」
とまさかのわたしに聞いてきたのです。
え?わたしに聞く?!?
と思ったけど、なんとかたどたどしくも、答えるわたし。
あとから来たもう1人の保健師さんからも聞いていたけど、それなりに合っていたようで、
その保健師さんからも、「あと何言ってたっけ?」ってわたしに聞かれ、おい!ってなったけど(笑)
わたしがトンガ語では説明できなかったけど、単語だけ覚えていた2単語だけ言ったら、
あー!ってなって、説明してくれて、
なんやかんや、リスニングも少しずつできるようになってるんだな〜〜と嬉しかった。
「ゴリラ語のシャワーを浴び続けてもゴリラ語がわかるようにはなりません。」
とある参考書で書かれていて、
本当にそうだなと感じるこの頃。理解しようとしなければ言語はわからないままだ。という意味ですね。トンガ語が雑音になったらもう終わりと思って、食らいついています。
そのかいあってか、会話の中でも面白いとくすって笑える回数が増えた気がする。
トンガ人から
「kata tomi〜〜!」(とみが笑ってる!)
と言われます。ちょっと嬉しい。
今の目標は、トンガ人の爆笑の中に混じれるようになること!
最終目標はジョークも言えるようになることだけど!笑
話を戻しますか
言語って本当にすごいですよね、
それを使うと本当に通じるから。
日本以外の国で、英語が伝わる国なら、日本語でどれほどふつうの文法で言ったところで通じなくても、英単語2.3個、最悪1語言えれば、通じちゃう。
言語を習得した人間ってすごいなーとそこまで遡ってしまいそうなくらい、わたしは言語のすごさに圧倒され、そして苦しんだ1年間でした。
でも、言語が大して話せなくても、友達だと思ってくれたり、家族の一員と思ったくれたり、仕事のパートナーと思ってくれたりもする、そういう人間そのものの温かさも感じることができた1年でもありました。
ではまた。
.
どうしてそんなに予定を変えるのでしょうか。
こんばんは。
本当は今週はスクールプログラム始めましたー!!!!!
と書きたかったのに、残念ながら始まりませんでした。そうです、ここはトンガなのです。忘れちゃいけません、それを。笑
今週はというと、木曜日に調整員さんがエウアに来て、活動先との活動計画の三者合意というものを行いました。
まあ、一波乱ありまして。
元々カウンターパートが金曜日に首都に上がるって話は聞いていたし、調整員さんたちがくるのは木曜日だから大丈夫だな〜〜とか思ってたら、急に前日に木曜日クリニック終わったら首都に上がるからと言い出して、
え?!?!?ちょっと待ってよ、あなたいてくれなきゃ困るやつ!!!と言ったけど、聞く耳持たず。。。
調整員さんに相談したら、ドクターと師長さんがいれば大丈夫だよ〜〜と心が広くありがたかったものの、、、
結局、師長さんも忙しく来れず、ドクターのみで行いましたが(笑)
まあそんなものですよね。笑
三者合意は計画書をひたすら読み上げるということで終わってしまいました。
ちょっとだけ、英語を準備してたので付け加えられたから、よかったかなってくらいでした。
もっと語学力があればな〜〜と毎日のように思っていますが。笑
話を戻すと、とにかくコロコロと予定を変えるトンガ人。トンガに限らず、発展途上国は多いそうで、
なぜそんなにも予定を変えるのか。
という考えを突き詰めたくなるくらい、とにかくよく予定を変える。
予定不調和を好むのか、それとも何かもっと大きな理由があるのか、ただの気分なのか。
おそらく後者だとは思うけども、わたしだったら予定を変える方が後処理も増えるし、めんどくさいと思ってしまうんだけど、なんなんだろうな〜〜
それを良かれと思ってやっているのかすら、謎です。
それとも予定通りにこなす日本がおかしいのてわはないか。世界に見て稀な部類なのでは。と最近どんどん、自分の中のものさしが狂ってくるのも事実。
だからいつか聞いてみたい、
どうしてそんなによく予定を変えるのか。
と。
.